孫から届いた「ばあば、出てきちゃダメ」の震える声。かくれんぼ中の異変から孫を守った私の決断
現在50代の私は、息子夫婦の離婚をきっかけに、孫のB子(当時小学3年生)を息子と一緒に育てることになりました。離婚後しばらくして、B子の表情が暗かったり …
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私は数年前に、小学生の娘を連れて夫と再婚しました。その後、夫との間には2人の娘ができて、家族5人で幸せな日々を送っていました。
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長女が高校生になり、次女と三女も大きくなったころから、夫の様子が少しおかしいと感じるようになりました。下の娘2人はかわいがるのに、長女に対して冷たい態度を取ることが多くなったのです。長女もそれに気付き、気にしている様子でした。
思い切って、夫に長女のことをどう思っているのかを夫に聞いてみると「そんなことない」とのこと。私と長女が気にし過ぎているのかもしれないと思い、もう少し様子を見ることにしました。
その2カ月後のお正月、家族で実家に遊びに行きました。私が片付けをしている間に、子どもたちは母からお年玉をもらったようで、とても喜んでいました。しかし帰宅すると、長女が自分のお年玉袋には10円しか入っていなかったと言いだしたのです。私はすぐに母に確認をしました。
「メグミのお年玉10円ってなんで?」
「ちゃんと1万円入れてあんたの夫に渡したけど…」
「え?」
私が片付けをしていたため、母はそれぞれに渡すお年玉の額が妥当かを夫に確認したそう。その際に夫が一時的にお年玉を預かっていたようです。私が夫に確認すると、夫は開き直ったようにこう答えました。「10円を代わりに入れたじゃん」と。私はこのとき、やはり夫は連れ子である長女のことはかわいく思っていなかったのだと確信しました。
夫の本性を知った私は離婚を切り出しました。夫からは、「それくらいで離婚したら後悔するぞ」と言われましたが、私はこんな性格の人と一緒には暮らせないと思い、気持ちが変わることはありませんでした。
後日、離婚することが決まり、子どもたちを連れて実家へ戻りました。夫には、今後子どもたちとは一切会わないよう、約束させました。
それから私は、母と子どもたちと一緒に幸せな日々を送っています。長女に嫌な思いをさせてしまった過去は戻りませんが、以前より笑顔が増えた子どもたちがずっと幸せでいられるよう、尽力していきます。
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子どもからお年玉のお金を奪うなんて、とんでもない夫でしたね……。しかし、これまでは確信できなかった夫の本性が、この1件で明らかになり、早く離婚できてよかったですね。
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