「本当に使えないよな」新卒時代に出会った人を見下す上司。その後、社内で上司への評価が一変したワケ
新卒で入社したころ、出会った上司についての体験談です。上司の厳しい言動に戸惑いながら、毎日仕事をしていたのですが、ある日、上司の評価が一変するような出来 …
ウーマンカレンダー woman calendar
今年5月に出版された9割実話のエッセイ小説『母』が話題の青木さやかさんにインタビューをさせていただきました。今回は3回に分けて記事をお届けいたします。1回目は、肺腺がんが見つかった経緯や当時の心境、治療時のエピソードなどをお聞きしました。
2003年に「どこ見てんのよ!」の決めゼリフで全国区の人気を博し、以後、バラエティー番組やドラマ、映画、舞台などで活躍中の青木さやかさん。今年5月に、実母との軋轢やがん、ギャンブル依存症、ブレイク当時の秘話、結婚、出産、離婚といった経験を赤裸々に綴った著書『母』を刊行し、話題を呼んでいます。
なかでも注目されたのが、本書で告白された肺腺がんの体験記です。インタビュー1回目の今回は、肺腺がんが見つかったきっかけや治療までの経緯、当時のお気持ちなどをうかがいました。
――青木さんの肺腺がんはどのようなきっかけで見つかったのでしょうか?
青木さん 2011年から人間ドックを受けているのですが、一番最初の検査のときに「肺に影のようなものがあります」と言われたんです。ただ、それががんなのかどうか、お医者さんにもわからないらしいんですね。その影が大きくなったりするとがんの可能性が高いとのことで、定期的に検査を受けることになりました。数年たって“肺の影のようなもの”が大きくなり、がんの可能性が高いと言われました。
――“がん”という言葉を聞いたときには、どのようなお気持ちだったのでしょう?
青木さん 両親と母方の祖父ががんで亡くなっているので、自分ががん家系だという意識はありました。ただ、私自身は元気ですし、自分ががんと言われることが不思議でしたね。
――お医者様に「がんの可能性が高い」と言われ、すぐに手術となったのでしょうか?
青木さん いえ、どのような選択をするかは私自身が判断するんですね。私の場合は3人のお医者さんに診断してもらい、そのうちの2人は「手術をしたほうがいい」とおっしゃいました。でも、もう1人の先生は「ねずみを鉄砲で撃つようなもので、手術をするほうがリスクが高い」というご意見でした。私のがんは初期のもので、命を脅かすような状態ではなかったんです。ですから、定期的に観察をして大きくなったら手術をするという選択肢もありました。
――それでも手術を選んだのはなぜなのでしょうか。
青木さん 理由はいくつかあって、ひとつは主治医の先生に「がんは急に大きくなるわけではないですから、今のうちに取ったほうがいいんじゃないですか」と言われて納得したからです。また、将来、「すぐに手術しましょう」となったときに、仕事に差し障りが出てしまうかもしれません。そう考えると、スケジュールに余裕があるときに手術をしたほうがいいのではないかとも思いました。それに、自分の中に不安材料の残しておくことは、私にとってはストレスでしたから。2017年8月に手術を受けることになりました。
――手術を受けるかどうか、誰かに相談はしたのでしょうか。
青木さん 私が入院している間の娘の行き先を相談する、いつごろ仕事に復帰できるかを先生に相談する、会社に仕事の相談をするといったことはしました。私は3社の保険に加入していたので、保険会社に話を聞いたりもしましたね。ただ、先生には「保険がおりる可能性は低い」と言われました。
――それはどうしてなのでしょうか?
青木さん 浸潤がん(※)じゃないと保険はおりないらしいんです。ただ、アフラックさんは保険がおりて、100万円をいただきました。とても助かりました。
※がん細胞が直接に周囲の組織や臓器に広がって増殖するがん。
――がんという病気や治療に対する不安もあったのではないかと思います。
青木さん ものすごく不安でした。単純に「怖いなぁ」って、よくわからないことへの恐怖や、想像がつかない世界への不安がありました。ほかにも「復帰できるのかな?」、「今までどおりに声は出るのかな?」、「傷はできるのかな?」といった術後の不安もありましたし、お金や生活に対する不安もありました。
――そうした不安は克服することができたのでしょうか?
青木さん いえ、治療や体調がひと段落するまでは不安だったような気がします。実は私、手術前にある俳優さんの舞台を見に行っているんですね。彼も私と同じ肺腺がんを患って手術を受けているんです。術後に舞台に立つ彼はしっかりと声を出していたので、「お元気そうでよかった」って思いながら見ていました。本人に言わずに勝手に応援させてもらっていたんです(笑)。
――実際の治療はいかがでしたでしょうか?
青木さん 1週間弱の入院をし、腹腔鏡手術で右肺結節という部分を切除しました。術後は熱と痛みと吐き気が続き、とにかくつらかったです。2日くらいでなんとか症状が落ち着いたので、退院することができました。
――退院後はいつごろからお仕事に復帰されたのでしょうか?
青木さん 翌々週にはドラマの撮影に入りました。そのドラマは結構動きのある役だったので、すごく大変だった記憶があります。手術前の体力とまったく同じというわけではなかったのですが、気力で乗り切った部分はあると思います。手術の翌々月には舞台の仕事もしていました。
<青木さやかさんプロフィール>
1973年愛知県生まれ。大学卒業後、フリーアナウンサーを経てタレントの道へ。「どこ見てんのよ!」のネタでバラエティー番組で大ブレイク。そのほかドラマ、映画、舞台、エッセイの執筆など幅広く活躍中。著書に9割実話のエッセイ小説『母』(中央公論新社)など。
あなたの体験談も教えて! 抽選でギフト券進呈
兼業主婦の私は、温厚な夫と結婚して1年、在宅ワークをしています。同居している義母は数年前に事故に遭い車椅子生活ですが、大変な努力家です。幸いなことに、私と義母は本物の母娘のように仲...
続きを読む2児の母、のむすんさんが自身や知人の過去の体験談をもとに描いたマンガ。38歳でパート勤めのみなこさんは、夫と小学生の息子と暮らしていました。ある日、大学時代の友人、るりあと偶然の再...
続きを読む2児の母、のむすんさんが自身や知人の過去の体験談をもとに描いたマンガ。38歳でパート勤めのみなこさんは、夫と小学生の息子と暮らしていました。ある日、大学時代の友人、るりあと偶然の再...
続きを読む2児の母、のむすんさんが自身や知人の過去の体験談をもとに描いたマンガ。38歳でパート勤めのみなこさんは、夫と小学生の息子と暮らしていました。ある日、大学時代の友人、るりあと偶然の再...
続きを読む私はただ今42歳。フォトグラファーをしています。現在も独身ですが、好きな仕事にまい進できる日々には大満足。年老いた両親と一緒に実家暮らしを続けています。家族3人で仲良く穏やかに過ご...
続きを読む新卒で入社したころ、出会った上司についての体験談です。上司の厳しい言動に戸惑いながら、毎日仕事をしていたのですが、ある日、上司の評価が一変するような出来 …
夫と息子、娘と4人で暮らしている48歳の私。息子は夫の連れ子のため、私とは血がつながっていないものの、ずっと実子のように育ててきました。ある日、その息子 …
パートナーとの性行為で感じた痛みや違和感に、どう対応したらいいのか悩んでいました。気分が乗らないまま続くと、関係そのものがぎこちなくなるのではと不安にな …
私には80歳に差し掛かろうとしている父親がいます。今のところ生活習慣病があるものの、比較的元気にしており、他県で1人暮らしをしています。ですが、耳や目も …
2児の母でありヲタクであるエェコさんによる、お父さんが倒れたときの話を描いたマンガを紹介します。 エェコさんのお父さんは脳の病気で倒れ、リハビリ院に入院 …
これは、20年来の友人A子との関係性に大きな溝が生まれた出来事です。学生時代だけでなく社会人になってからも、いい友人関係だったのですが……ある私の行動を …
現在私は30代です。カラオケでの出来事が、思いがけず自分の“世代”を意識させる瞬間になりました。あの曲が通じないなんて、想像もしていませんでした。 ★関 …
私は30代の主婦です。ある日、いつものように少し狭い道を歩いていたときのことです。前方から自転車に乗った中年男性が、ふらふらと左右に揺れながら近づいてき …