「アラフィフのおばさんだから」自分の偏見にとらわれていた私。50代で手放してラクになったものとは
「アラフィフのおばさんだから」と感じていたのは、他でもない私自身。年齢を重ねるにつれて、気付けば自分の中に「もう若くはないから、できることも限られている …
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私は2012年ごろからとある病気と付き合っています。症状は足の先がピリピリする感覚から始まり、ほどなくして痛みは全身へ。ひどいときは、1日中ベッドから起き上がれないほどに痛むことも。大小さまざまな病院を訪ねて検査をしても原因はわからずじまい。10軒ほどドクターショッピングを重ね、最後にたどり着いた病院でついに医師の口から病名を聞くことができました。それは、原因もわからない、完治もしない、難病指定にもならないというまさかの病気でした。
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私が初めに体に変化を覚えたのは通勤途中のことでした。足の指の付け根がピリピリとする感覚があり、なんとなく気になっていました。さらに、この足の違和感と同じタイミングで表れたのが倦怠感でした。徐々にこれらの症状が続くようになり、症状を感じ始めてしばらくがたつころには、週末になると1日の半分は横になって過ごすような生活になっていきました。
足のピリピリ感はほどなくして痛みに変化し、下半身から全身へと広がりました。それでもなんとか仕事には通っていましたが、休日はベッドから起き上がることすらままならない日が増えてしまっていました。
足から全身へと広がった痛みは、背中、腰、足など日によって出る部分が違っていました。痛みの強さはまるで体の内側をナイフでえぐられるような痛さ! 必死に痛みを我慢して過ごしていましたが、ついには職場へ通勤するときには、つえが必要な状態になっていました。
少しでも痛みを緩和するためにお風呂で体を温めたり、痛む部位に湿布を貼ったりしましたが、一向に良くなりません。痛みで夜も眠れない日が続き、これではいけないと病院を探し始めることを決断。いろいろな病院を調べて通い、ありとあらゆる検査を受けました。うつ病や不定愁訴(ふていしゅうそ)症候群といった精神の病気などさまざまな病気の可能性が疑われました。
その度に睡眠薬や向精神薬が処方されました。しかし体の痛みは引かず、薬の副作用で次第にメンタル的にもつらいと思うことが増えました。
大小さまざまな病院を10軒ほど回ったころ。私はついに病名を明らかにしてくれる病院との出会いを果たしました。それは、知り合いからの教えてもらった地元にある小さなリウマチ科の病院でした。度重なるドクターショッピングで疲れ切り、わらにもすがる思いで足を運んだことを覚えています。
紹介された病院を受診し、そこで医師の口から出たのが「線維筋痛症(せんいきんつうしょう)」という病名でした。線維筋痛症とは、全身や体の一部に激しい痛みが慢性的に起こる病気で、疲労やこわばり、しびれや睡眠障害なども症状として表れることもあるそう。
当時の私はこの病名をまったく知りませんでした。しかし、調べてみたところ症状が当てはまるものばかり……。これまで病名が不明で不安がとても大きかったのですが、「やっと病名がわかった」と安心しました。
ところがホッとしたのもつかの間、医師から「線維筋痛症は原因も治療法も確立しておらず、完治もしない」と言われ再び絶望……。
線維筋痛症は治療が難しい病気ですが、難病指定にはならないそうです。完治に至らなくても、つらい痛みだけでもなんとか抑えたい。そう思った私は線維筋痛症専門外来を探しました。
病名がわかってからは、線維筋痛症専門外来や口コミで人気の先生など、さまざまな情報を集めて病院を受診しました。現在は漢方外来を3カ月に1度の頻度で病院を受診し、漢方薬を飲んでいます。
さらにヨガやストレッチを積極的におこない、体をケアする習慣を作りました。そのかいあってか、以前のようにつえをつくことや、休日に寝込むといったこともなく日常生活を送ることができています。
私は、病気になる前は「~しなければならない」 と自分で自分を追い込んでしまう性格でした。しかし病気になってからは、「半分でもできたらOK。自分を褒めよう!」 と自分自身にプレッシャーをかけないよう考え方を変えました。このおかげか、痛みへの恐怖や日常生活のストレスからも解放されているように感じます。
線維筋痛症は原因がわからない、完治もしない、でも難病指定にはならない……そんな病気です。私も初めのうちはこの病気に絶望しました。しかし、いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。今は「この病気に向き合い、うまく付き合っていこう!」という気持ちでいます。
足の指の付け根がピリピリとする、倦怠感があるといった違和感からまさかこんなに苦しめられることになるとは思ってもみませんでした。病名がはっきりするまで何度も病院を巡っていたときは、「誰か早く原因を教えてほしい。不安な気持ちから解放されたい」という思いでいっぱいだったことを思い出します。病名や原因がわからないことがこれほどまでに怖いものなんだということを身をもって実感しました。
線維筋痛症は根本的な原因がわからず、完治が難しい病気だとされているため、今後もまだまだ油断はできませんが、漢方薬を活用したり体を動かす習慣を継続したりしてうまく付き合っていきたいです。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)
獨協医科大学医学部卒業。千葉医療センター、成田赤十字病院で研修を積み、国保松戸市立病院泌尿器科に勤務。その後千葉西総合病院泌尿器科にて医長、部長を歴任。2017年、くぼたクリニック松戸五香を開院。2024年に新鎌ケ谷くぼた皮膚科泌尿器科を開院、日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門は泌尿器科および皮膚のトラブル、生活習慣病を含めた内科まで幅広く診察。メディア出演も多数あり、医者YouTuberとしての情報発信もおこなっている。著書に『EDかも!?と思ったら読む本』(自由国民社)がある。
イラスト/サトウユカ
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています
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