孫から届いた「ばあば、出てきちゃダメ」の震える声。かくれんぼ中の異変から孫を守った私の決断
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私は夫と2人で暮らす、アラフォーの妊婦。出産予定日が近くなり、この年でようやく授かった第1子が、いつ産まれてくるんだろうと毎日ワクワクしていました。しかし、子どもができてから、義母がいろいろと口を出してくるようになったのです。
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高齢出産ということもあり、私は子どもがおなかに宿ってから仕事を辞めて、出産や子育てに専念できる環境を作りました。しかし、子どもができたとわかった途端、近くに住む義母が、頻繁に家に来るようになりました。婦人科の先生からは「安静にしてください」と言われているのに、義母は私に、「運動したほうがいいから歩きなさい」「体にいいレシピを教えるから家に来なさい」などと言うのです。
夫に義母のことを相談すると、「出産経験者の母さんが言ってるならそうなんじゃない? レシピを教えてもらいに行ったら?」と、まるで義母の肩を持つような言い方。それに夫は、普段から家事のサポートを一切してくれないので、子どもができたらちゃんとしてくれるのかなと心配でした。
その後、私は無事に元気な男の子を出産し、初めての育児に奮闘する日々を過ごしていました。しかし、息子が産まれてからも夫は相変わらずで……家事も育児もしない夫に腹を立てて、とうとう私は息子を連れて家を飛び出し、しばらくの間実家で暮らすことに。しばらくすると、私が家を出たことを夫から知らされたようで、義母から「家に帰ってきなさい」と、連絡がありました。
「跡継ぎは私が育てるから」
「家にちゃんと連れてくるのよ!」
「わかりました」
そのとき、私は同意したかのように返事をしましたが、実は、義母を黙らせるためのある作戦を思いついたのです。それは夫を義母宅へ帰すこと。夫に連絡をして、「反省しているなら、私が留守の間、お義母さんの家に帰ってほしい」と、お願いしました。
しばらくして「いつになったら孫を連れてくるの?」と義母から連絡が来ました。私は待っていましたと言わんばかりにこう答えました。「あのとき言っていた“跡継ぎ”なら、あなたの家に帰しましたよ。夫も長男なので“跡継ぎ”ですよね? 家事も育児もしない夫をしっかり育ててくださいね」と。
しばらく義母宅で過ごした夫は、義母の相手がどれだけ大変か身に染みて痛感したようで、これまでのことを「全部自分が悪かった」と謝ってくれました。私は息子を連れてわが家に戻ることに。それから義母が来ることはなくなり、夫は人が変わったように育児や家事のサポートをしてくれるようになりました。
私は、息子に以前の夫のような、家事ができない人にはなってほしくないと思っています。自分のことは自分で出来る、立派な大人に育ってほしいです。これからは、変わってくれた夫と子どもの成長を見守りながら、家族3人の新しい生活を楽しみたいと思います。
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義母の言った“跡継ぎ”を夫に変換するなんて! 義母を黙らせた上に夫も改善され、作戦は大成功でしたね。
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