「苦しい…」突然息ができなくなり病院へ→10年治療を続けた病気とは【体験談】
夫と夫婦喧嘩をしていたときのことです。私は呼吸がうまくできず苦しくなり、体に大きな異変を感じました。そのとき夫も私がおかしいと気付いたようです。 ★関連 …
ウーマンカレンダー woman calendar
私はあがり症な上に過去の経験がトラウマとなり、人前で話すことがとても苦手です。人前に立つと必要以上に緊張して声が震えてしまいます。そんな私ですが次期PTA役員を務めることが決定してしまいました。そうなると嫌でも大勢の人の前で話さなければいけません。
「何とかこのあがり症を改善したい! 」と勇気を出して心療内科を訪れてみた私についてお話しします。
★関連記事:不安障害でどん底だった6年間。苦しみながらも克服できた理由は…【体験談】
私があがり症になったきっかけは小学3年生のときにあった歌のテストです。
私が歌う番になったら、クラスの男子数人から「あいつ、また変な声で歌うぞ」とからかわれたことが原因でした。
それまで私は先生から「歌がじょうずだね」と褒められていたので、歌うことに対しては自信がありました。
しかし自分の歌う直前に思いもよらないことを言われてしまったので、大きなショックを受けてその場で泣いてしまいました。
その後何とか歌い切ったものの、声は泣き声のままでうまく歌えなかったことがトラウマとなり、人前で何かをする自信がすっかりなくなってしまいました。
その結果、国語の授業の音読さえも声が震えるように……。この経験により、私はすっかりあがり症になってしまいました。
そんな私は社会人になり、接客業に就きました。会社では「接客業は人前で話すことに慣れなければいけない」という方針だったため、毎日1人ずつ、全員がスピーチをする時間がありました。
そのため「毎日いちいち緊張してはいられない」と感じ、そこから徐々に人前で話すことが苦痛ではなくなりました。
社会人の間は、ある特定の場面で緊張して声が震えることが時々ありましたが、そこまでひどくなくやり過ごせてきました。しかし結婚・出産後は人前に出る機会がなくなり、気が付けばあがり症が復活。
いつの間にかあがり症に戻ってしまっていた私は、次の春からPTA役員を務めることになってしまいました。
もし委員長になってしまったら、地区の保護者の前で話さないといけないのはもちろん、PTA会議では学校の先生や保護者の前で発表をしなければなりません。
「このままではいけない! 何とかあがり症を克服したい!」と思い、勇気を出して心療内科へ行ってみることにしました。
あなたの体験談も教えて! 抽選でギフト券進呈
40代も後半に差し掛かったころ、無自覚にじわじわと心が疲れていきました。ひとり暮らしで働かなければ家賃が払えない、ごはんも食べられない状態に陥ってしまうので、かろうじて会社には行っ...
続きを読む夫と夫婦喧嘩をしていたときのことです。私は呼吸がうまくできず苦しくなり、体に大きな異変を感じました。そのとき夫も私がおかしいと気付いたようです。 ★関連 …
私は昔、同級生からひどい対応を受けました。それが原因となり、15歳から精神科に通ってます。 ★関連記事:「夫や子どもにイライラ」パニック障害と産後うつで …
37歳のときに不安障害を発症しました。当時人が少ない職場で働いていて、自分が休むと周りに迷惑がかかるという思いから休みも取らずに朝早くから夜遅くまで働き …
「不安障害」という病気は、ネットで調べると、恐怖心や身体的な不快感が強まり心臓がドキドキしたり不安になったりする心の病気で、体にも悪影響を及ぼすそうです …
ある日、出張先からホテルに戻ると、今までに感じたことのない激しい動悸、息苦しさ、ほてり、めまいを感じた私。「死ぬかもしれない」と感じたエピソードを紹介し …
現代病としてさまざまな症状を引き起こす心の病気。中でも私が診断された双極性障害は、心の病気の中でも最も治癒率が低いと言われている病気の1つだそうです。ど …
私は高齢出産だったので40代に入ってもまだ子どもが小さく、育児に家事に仕事にと忙しい毎日。ふと「私、このまま年を取っていくのかな」「人生、これで本当によ …
育児休暇が明けて仕事に復帰したものの、以前と同じように仕事に向き合うことができなくなりました。育児との両立に疲れたのかなと思い、思い切って転職することに …